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藤原祐家“散りまがふ嵐の山のもみぢ葉はふもとの里の秋にざりける”(岚山的红叶萧萧

藤原祐家“散りまがふ嵐の山のもみぢ葉はふもとの里の秋にざりける”(岚山的红叶萧萧飞落,飘落为山脚村庄的秋天。) 作于永承四年(1049)冬后冷泉天皇的内里歌合,输给了能因法师的“あらし吹く 三室(みむろ)の山の もみぢ葉は 龍田の川の錦(にしき)なりけり”(山岚吹落的三室山的红叶,将龙田川染成锦缎。) 能因法师的歌收《後拾遗集》卷五《秋下》,又收《百人一首》。本歌是《古今集》卷五《秋下》作者佚名的“龍田川もみぢ葉ながる神なびの三室の山に時雨ふるらし”。 永承四年(1049)是后冷泉天皇朝,藤原道长已死,藤原道长之子藤原赖通主政(任左大臣、关白)。能因法师与藤原赖通关系不错。